
♪コンサートレポート
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杉山雄一ヴィオラ・リサイタル
2026年2月10日(火) 19:00 兵庫県立芸術文化センター・小ホール
カリヴォーダ:6つのノクターンop.186より第1・2・3番/J.S.バッハ:無伴奏チェロ組曲第4番変ホ長調BWV1010(ヴィオラ版)/ブリテン:ラクリメ-ダウランドの歌曲の投影op.48/ボウエン:ヴィオラとピアノのためのソナタ第1番ハ短調op.18
【出演】Va/杉山雄一 Pf/杉山智子
今日ではもはや、ヴィオラが地味な楽器で独奏には不向きなどという者は皆無であろう。関西にも多くのすぐれた個性的なソリストたちがいる。中でも杉山雄一氏の音色はどこまでも繊細かつ上品であり、極上の羽二重のように淡く柔和な光に満ちた輝きを放つ。とりわけこの日は変種の調性の曲が多く、いささかヴェールがかったようなソフトな情感に満ちていた。パートナーの杉山智子氏との呼吸もぴったりで、それはまさに二人三脚というべき見事なアンサンブルだ。
ドイツで活躍したチェコ人カリヴォダのノクターンは、まるでそよ風が軒先の風鈴をそっと揺らすようなしなやかな情緒に満ちている。バッハの無伴奏組曲では、控えめなヴィブラートによって美しい音色がいっそう生かされ、流麗かつ厳粛な演奏となった。エリザベス朝期のダウランドの旋律を現代に蘇らせたブリテンの作品では、妖艶にして幽遠な演奏がこの曲の瞑想的な魅力を余すところなく描出しており、聴き手を飽きさせることがない。
そしてボウエンのハ短調のソナタこそはまさに今回の白眉だ。遅れてきたロマン主義者という感はあるものの、ブラームスを思わせる重厚で情熱的な音楽には、汲めども尽きせぬ味わいがある。この作品への深い共感に溢れた二人の演奏は、これまでになく情感豊かに力強く聴き手に迫る。
英国にはまだまだ知られざるヴィオラのための名曲がある。杉山氏のようなすぐれた奏者によってまた新たな扉が開かれることを願う。(音楽ライター:北川順一)

畑 儀文《シューベルト歌曲弾き歌い》Vol.11
2026年1月22日(木) 19:00 兵庫県立芸術文化センター・小ホール
シューベルト:歌曲集「冬の旅」D911(全24曲)
二日前の大寒の日に始まった強烈な寒波が近畿地方を覆い続ける寒冷の一日、畑儀文氏が一人二役で演じたのは奇しくも『冬の旅』であった。
200年前、シューベルトがこの曲集を友人たちに弾き歌って聴かせたとき、その音楽の最良の理解者であったはずの友人たちでさえ、その陰鬱さに当惑してしまったという。シューベルトはロマン主義とかビーダ―マイヤーとかいう時代思潮よりもはるかに先を走っていたがゆえに、当時の人々にはなかなか理解されなかったのだろう。「弾き歌い」はその様子を彷彿とさせて実に興味深い。
もとより畑氏はピアニストではないし、速い曲の細かなパッセージや、たとえゆったりした曲であっても和声のバランスにはかなり苦戦しているようだ。しかし、手元が相当に困難な作業に従事しているにもかかわらず、その歌声が微塵も乱れないのは驚嘆に値する。地にしっかりと根差した身体の奥底から湧き出るその声は、完璧なレガートとともにきわめて自然に伸びてゆき、そのまま減衰して空に消えていく。切なささえ覚えるほどに甘美な高声、「菩提樹」、「鬼火」や「からす」などに聴かれるような力強く深い響きの低声、そしてドイツ語独特のoやuの音の深く包み込むように豊かな響きなど、これほどシューベルトの音楽にふさわしい歌唱も稀だろう。
すでにシューベルトの多くの作品を弾き歌ってきた畑氏が、最晩年の『白鳥の歌』に挑む日もいずれやってくるだろう。その日が楽しみだ。(音楽ライター:北川順一)

〜始まりは恐怖だった〜秘められた怖さを知れば暑さも吹っ飛ぶ!!納涼コンサートVol.4
2025年7月13日(日) 15:00 ザ・フェニックスホール
ビゼー(ホルコム編):カルメン幻想曲/マスランカ:「レシテーション・ブック」より第5楽章/ラヴェル:「鏡」よりⅠ.蛾、Ⅱ.悲しい鳥たち/スクリャービン:幻想曲ロ短調/山田耕筰:曼珠沙華/團伊玖磨:「夕鶴」より“私の大事な与ひょう”/プーランク:「六重奏曲」より第1楽章/ヒンデミット:ハープ・ソナタ/猪本隆:ゆうれい屋敷/リスト:ローレライ/ショパン:革命のエチュード/サン=サーンス:タランテラ/モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタホ短調K.304
【出演】プロデュース・ピアノ:小川友子
金管五重奏(Trp/辻 千里、山岡眞澄 Hrn/野田彩伽寧 Trb/段床昴流 Tb/阪田奏太) Le Ciel Saxophone Quartet(S.Sax/徳永舞歌 A.Sax/大西未来 T.Sax/橋本愛理 B.Sax/永井杏樹) Pf/栗林萌華、川谷木綿子、林 朝子、松村美知子、宇田津典子、北 一恵 Sop/森本まどか、杉原眞理子 ピアノ六重奏(Pf/植田味香子 Fl/今井満美 Ob/大内 楓 Cl/楠瀬綾音 Fg/小西紗耶加 Hrn/伊藤 杏) Hp/摩数意英子 Fl/重本千晴 Cl/南方美穂 Vn/小森谷 巧
ベストセラー『怖い絵』シリーズについて、作者の中野京子氏は「画家が意図せずとも怖さを忍ばせた絵は少なくない」と語っている。ピアニスト小川友子氏が企画するこの「納涼コンサート」シリーズも、(『ゆうれい屋敷』を除いて)ただちに恐怖を連想させることはないが実は恐怖にまつわる来歴があるという作品が集められており、「怖い物見たさ」ならぬ「怖い曲聴きたさ」の好奇心も手伝って毎年高い人気を得ているようだ。
若手からヴェテランまでがさまざまな編成による多様な作品を披露し、聴く者を飽きさせることがない。後景に映し出される絵画も、音楽の内容と必ずしも符合しているわけではないのだが、それゆえにかえって聴き手の自由な想像力が妨げられないのがいい。つまり、恐怖を感じながら聴くもよし、そうした概念抜きに純粋に音楽として楽しむもよし、そういういろいろな聴き方ができるところが、このシリーズが支持される理由なのであろう。
「希望さえあれば、恐怖は何も手出しができない」(シラー『群盗』)というように、恐怖は希望によって克服されうる。コンサートの最後には全ての出演者が一斉に舞台に立って拍手喝采を受けたが、自分の出番が済んだら終わり、ではなくて皆で力を出し合って作り上げたコンサートに最後まで参加するという姿勢がとても嬉しかった。現在進行形で地球上に存在するさまざまな恐怖を皆で乗り越え、希望ある明日に向かおうとする出演者全員の思いがそこに表れているようだった。(音楽ライター:北川順一)

松岡リマッハー由佳 チャペル de アヴェ・マリア
2025年7月11日(金) 18:30 日本基督教団 天満教会
カッチーニ:アヴェ・マリア/ケルビーニ:アヴェ・マリア/シューベルト:アヴェ・マリア/メンデルスゾーン:アヴェ・マリア/讃美歌 聖歌集305「み母マリア」/ヴェルディ:歌劇「オテロ」より“アヴェ・マリア”/バッハ~グノー:アヴェ・マリア/ルッツィ:アヴェ・マリア/トスティ:アヴェ・マリア/ピアソラ:アヴェ・マリア
【出演】ソプラノ:松岡リマッハー由佳 ピアノ:山畑 誠 ダンス:小路有希枝
「アヴェ・マリア」はローマ・カトリック教会における聖マリア賛美の祈祷文であり、教会によるラテン語の定型文の他にもさまざまな文言で親しまれている。そこに付曲された音楽はおそらく無数に存在するであろう。長年にわたって欧州各地の劇場で主役級の活躍を果たしてきた松岡リマッハー由佳氏は、自ら集めた100曲を超える「アヴェ・マリア」の中から10曲ほどを厳選し、このリサイタルに臨んだ。さすがにヴィオレッタやジルダなどを歌って欧州の聴衆を魅了してきただけのことはある、童女のようにかわいらしく美しい声の持ち主でありながら、ときに常人離れした高声を力強く鮮やかに決め、またはソプラノらしからぬ脅かすような低声も響かせ、まるで天満教会のささやかな空間を一瞬にして大歌劇場に変えてしまうほどの迫力だ。まさに天性の情感的ソプラノ・リリコである。
ピアノの山畑誠氏は、いかなるスタイルの伴奏形であろうと臨機応変に対応し、その曲に最もふさわしい演奏を提供して松岡氏の歌唱を支える。
ピアソラの「アヴェ・マリア」では(そしてアンコールのロムビの作品でも)、これまた欧州の劇場で演者としても振付師としても活躍し、松岡氏とも幾度となく共演してきた舞踊家の小路有希枝氏が加わる。その鍛え抜かれた四肢の筋肉の鋭角的で俊敏な動きには、思わずこちらの姿勢が正されるような厳しさと美しさがある。ここではまさに歌、ピアノ、そしてダンスの三者が一体となって一つの芸術作品を創造しているのだ。(音楽ライター:北川順一)

マーラー・ユーゲントオーケストラ・ジャパン第1回演奏会
2025年7月07日(月) 19:00 ザ・シンフォニーホール
吉松隆:鳥たちの祝祭への前奏曲/マーラー:交響曲第5番
【出演】指揮:河﨑 聡 管弦楽:マーラー・ユーゲントオーケストラ・ジャパン
マーラー・ユーゲントオーケストラ・ジャパンは、作曲者の165回目の誕生日である7月7日の公演に合わせて結成された、文字通りマーラーを敬愛する若い音楽家たちの楽団である。全国のオーケストラの首席奏者級の名手が核となり、主に関西で活躍するフリーの演奏家たちも数多く参加している。急造の楽団であるにもかかわらず、そのアンサンブルは実に充実して見事なものだ。
吉松隆の『鳥たちの祝祭への前奏曲』は、さまざまな楽器に託された「鳥の歌」が美しくも華やかな、その名の如く祝祭の竿頭を飾るにふさわしい音楽である。
そして本編のマーラー、劈頭のトランペット・ソロは、「軍楽ファンファーレのように、アッチェレランドで」という作曲者の指示を忠実に守り、なおかつまっすぐでたしかな音と迫力で客席を魅了する。楽譜に「コルノ・オブリガート」と記された第3楽章のホルン・ソロは終始立ったまま演奏され、ときには甘いカンタービレ、ときには荒々しく野性的で金属的な響きでホールを満たす。この見事な両ソロを支える金管セクション、これまたソロを中心に秀逸な木管群、そして決然とした打楽器群と、みな各自の持ち場で遺憾なくその実力を発揮する。なかでも弦楽器群の充実ぶりは素晴らしく、とても力強い響きが印象的だ。ハープと弦だけの有名な第4楽章では、過度の情緒に溺れず、感興豊かに法悦のひとときを演出する。彼ら気鋭の楽員を束ねる指揮の河崎聡氏はあくまで総譜に忠実であり、その上で奏者の自主性を最大限に尊重しているようだ。それがこのように気迫溢れる果敢な演奏をもたらしたことは間違いない。
こうして当楽団は記念すべき第1回の公演を成功裡に終えた。今後のさらなる活躍が楽しみだ。(音楽ライター:北川順一)
