
♪コンサートレポート
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鳥居知行ピアノリサイタル~ブラームスの夕べ~
2021年10月29日(金) 19:00 住友生命いずみホール
ブラームス:自作主題による変奏曲ニ長調op.21-1、ピアノソナタ第2番嬰へ短調op.2、8つの小品op.76、パガニーニの主題による変奏曲イ短調op.35
(アンコール)
ブラームス:間奏曲イ長調op.118-2
待ちに待った本格派ならではのリサイタル、鳥居知行氏のブラームスの夕べである。冒頭のニ長調の変奏曲では、流れゆく景色を愛でつつ田園を散策するような懐かしい感情が、磨き抜かれた美しい音色で奏でられる。続く嬰へ短調のソナタでは、要求される超絶技巧をものともせず、あくまで美の限界を崩さぬ姿勢に徹している。しかし鳥居氏自身は実のところ、超絶技巧にも美音にもさほど関心はないであろう。氏が一貫して追及するのは管弦楽のような立体的な響きの構築である。一個の箱に見立てたグランドピアノを余分な力を一切入れずに鳴らし、測ったようにホールの空間の隅々にまで均質な響きを届けていく。まるで日々このホールで練習しているかのように響きの勘所を心得ている。これほど見事にいずみホールを響かせられるピアニストも稀であろう。後進の音楽家たちにも大いに示唆に富む演奏だったのではないか。
後年の8つの小品では、いっそう洗練されたアプローチで独白にも似た調べを紡ぎ出す。そして難曲のパガニーニ変奏曲では、決してヴィルトゥオジティを前面に出さずに、あくまで響きの充溢を通してこの曲の芸術的価値を掘り起こそうとする。曲のバランスから調性にいたるまで入念に考え抜かれたこの日のリサイタルは、アンコールとして演奏された最晩年のイ長調の間奏曲で見事に完結した。枯れてもなお生を慈しむかような暖かくやさしい調べが、深い余韻とともに聴衆を見送っていた。(音楽ライター:北川順一)

土井緑 ピアノリサイタル~ パリで煌く作曲家達 Vol.7 ~
2021年10月28日(木) 19:00 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール
ショパン:ワルツ第3番イ短調 op34-2『華麗なる円舞曲』、マズルカ第13番イ短調op17-4、ノクターン第13番ハ短調op48-1
ドビュッシー:『版画』(「塔」「グラナダの夕べ」「雨の庭」)、『喜びの島』
大澤壽人:『ウッドブロックス』、『丁丑春三題』より Ⅰ 春宵紅梅 Ⅲ 春律醉心
バルトーク:14のバガテルop.6 Sz.38より 第4番、ピアノ・ソナタSz.80
(アンコール)
ショパン:幻想即興曲嬰ハ短調op.66、エチュード変イ長調op.25-1『エオリアン・ハープ』
土井緑氏の近年のリサイタルは、往時のパリのカフェを彷彿とさせるアンソロジー的な性格を備えていたが、今回は腰を据えて4人の作曲家に取り組むものとなった。ショパンの三曲はいずれも「憂い」の表情を帯びるが、土井氏はそうした情緒を極力排し、相変わらずクリアな音でつとめて即物的に演奏する。さすがにドビュッシーの『版画』はお手の物で、軽やかなタッチが立体的な音像を構成する。一つ一つ点描で精緻に積み上げられた「塔」、エキゾチックな情感に心惹かれる「グラナダの夕べ」、なぜか濡れていたくなるように爽やかな「雨の庭」、どれもきわめて秀逸だ。これに対して『喜びの島』では、ためらいがちなトリルとテーマがどこか内省的な印象を与え、歓喜の発露という定式化した印象を払拭する。ショパンと同様に、ある種の感情を呼び起こす曲では、そのような先入観を慎重に退けているようだ。後半は打楽器としてのピアノに焦点を当てる。お馴染みの大澤作品では、和のリズムの要素を生き生きと際立たせる。当時のパリの聴衆にはどう聴こえたろうか、と空想するのも楽しい。そして圧巻のバルトークのソナタでは、何種類もの打楽器を鳴らすように、一台のピアノからさまざまな音色を引き出す。しかも個々の音が極上の真珠玉のように美しい。第二楽章はまるで、短い序奏のように置かれたバガテル第4番の余韻だ。そして終楽章では相当な超絶技巧が要求されるが、美しい音像が微塵も乱れないのはさすがだ。(音楽ライター:北川順一)

内田朎子×田野倉雅秋 夢の再演!シューベルティアーデ ~シューベルト五重奏曲の魅力~
2020年09月08日(火) 19:00 日本基督教団 天満教会
シューベルト:弦楽五重奏曲ハ長調D956、ピアノ五重奏曲イ長調『ます』D667
(アンコール)
シューベルト:エレン第三の歌『アヴェ・マリア』D839(田野倉、内田)
【出演】ピアノ:内田朎子 ヴァイオリン:田野倉雅秋、蔵川瑠美 ヴィオラ:佐藤まり子 チェロ:諸岡拓見 コントラバス:サイモン・ポレジャエフ
4年前に伝説の『クロイツェル』で聴衆を沸かせた内田朎子氏と田野倉雅秋氏が、新たな仲間とともに再び天満教会に帰ってきた。この日の弦楽五重奏曲は、『ます』の編成に合わせて第二チェロをコントラバスで代奏したものである。コントラバスは常に第二チェロのオクターヴ下を弾くというわけではなく、多くの箇所でオリジナルの音高を保っており、高音域特有のややくすんでミュートがかった音色が、原曲とは全く違った響きを生み出す。また、通常この曲では舞台上手から1.Vn、2.Vn、Va、1.Vc、2.Vcと並ぶが、この日は1.Vn、2.Vn、Cb、Vc、Vaとなった。扇の要というその位置は、弦楽四重奏をその根底で支えるという第二チェロパートの重要性を表す。きわめて緊密なアンサンブルは、視覚的に分断されている内声にも全き統一感を与えている。緩徐楽章の第一ヴァイオリンとコントラバスの無時間的で耽美な対話も実にいい。そして、白熱した緊迫感の中にも、各パートの歌心が遺憾なく発揮されている。そして、なんと音楽生活70周年になるという内田朎子氏を迎えての『ます』。内田氏特有の、乳白色の光を放つ極上の陶器のような美しい音色は今なお健在であり、その音楽はどこまでもリズミカルで流麗である。オリジナルの歌曲『ます』の面影を残す第四楽章の最終変奏などは、まさに水を得た魚のようで実にチャーミングだ。何よりも、若い音楽家たちとの即興性豊かな合奏を心の底から楽しんでいる様子が、やさしく穏やかな気持ちで客席の心をつかむ。往時のシューベルティアーデを彷彿とさせるような、まことに楽しく晴れやかな夕べの集いであった。(音楽ライター:北川順一)

モーツァルト室内管弦楽団メンバーによるサロンコンサート<クライネ・モーツァルト>第98回例会
2020年07月10日(金) 19:00 兵庫県立芸術文化センター・神戸女学院小ホール
ドヴォルザーク:ピアノ五重奏曲第2番イ長調B.155
シューマン:ピアノ五重奏曲変ホ長調op.44
シューベルト:ピアノ五重奏曲イ長調D667「ます」
【出演】ピアノ:菊地葉子(ドヴォルジャーク)、小池 泉(シューマン)、山田富士子(シューベルト)ヴァイオリン:釋伸司、中川敦史 ヴィオラ:佐份利祐子 チェロ:山岸孝教 コントラバス:南出信一 お話:門 良一
モーツァルト室内管弦楽団のメンバーが、三人の女流ピアニストとともにピアノ五重奏の傑作を披露した。ドヴォルジャーク担当の菊地葉子氏は、終始確かなテンポ取りと正確なリズム感で弦楽器群を引っ張っていく。全体を通してほぼイン・テンポで小気味良く進んでいく一方で、どのフレーズの処理にも実に細やかな配慮をみせる。終楽章の第二主題の箇所では、いくぶんテンポを落として付点音符と三連符の違いをきりりと際立たせる。実に心憎い演出だ。続く小池泉氏は、シューマンの持つ重厚な和声を生かした広がりのある音空間を構築する。それが弦にも波及して、重層的な響きができあがる。小池氏もまた、決して大言壮語することなく、あるときは主となり、またあるときは従となって、どこまでも曲に奉仕する姿勢に徹する。そしてシューベルトの山田富士子氏は、冒頭のアルペジオの溌剌とした輝きに続けて、一貫して悠然とテンポよく進んでいく。そして山田氏もまた、決してソリスト然としてふるまうことはなく、あくまでアンサンブルの一員として、この曲のオーケストラ的な響きを引き出すことに貢献している。このように三人のピアニストたちの演奏にはいずれも同じピアニズムがあるが、それもそのはず、山田氏を師とする同門の音楽家たちなのだ。さすがに師弟の競演である。弦楽器群も、後半へ向けていっそう調子を上げ、ピアノを力強くサポートする。客席は人数を大幅に減らしてはいたが、久しぶりの生演奏に歓喜する人々の思いは熱く、盛況の時と変わらぬ拍手が鳴り響いていた。(音楽ライター:北川順一)
