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♪コンサートレポート

​♪コンサートレポート

俣野修子・奈良場恒美ピアノデュオリサイタル

2019年10月06日(日) 15:00 いずみホール

チャイコフスキー: 組曲『くるみ割り人形』op.71a(連弾)
アレンスキー: 組曲第1番op.15 「ロマンス」「ワルツ」「ポロネーズ」(二台)
ラフマニノフ: 組曲第1番『幻想的絵画』op5より 「舟唄」(二台)、組曲第2番op.17 「序奏」「ワルツ」「ロマンス」「タランテラ」(二台)
(アンコール)
ラフマニノフ: ヴォカリーズop.34-14 連弾

俣野修子、奈良場恒美両氏が、連弾と二台のピアノという似て非なる形態でその妙技を披露した。まずはチャイコフスキー。ピアノ的特性が十分に生かされつつも、オーケストラ的な色彩感も全く損なわれない。主旋律と伴奏形のバランスが実に見事で、この曲の面白さ、楽しさを十二分に伝える素晴らしい演奏だ。アレンスキーからは二台ピアノである。両氏は互いに技巧を競って音をぶつけ合うようなことは決してせず、二人の音をまるで経糸と緯糸のように巧みに交錯させ、一台のピアノでは為しえない効果を実現する。したがってその演奏は、アレンスキーの「ロマンス」やラフマニノフの「舟唄」のように抒情的、叙景的な曲でこそ最も効果を発揮する、といえるだろう。とりわけ「舟唄」では、寄せては返す一連の波の動きに、もう一つの波が別の方向から打ち寄せるように、ステレオ効果が最大限に活用されている。そしてその果てしない音の波の向こうには、まるで絶望に呻吟する作曲者の苦悩さえ浮かんでくるようだ。第二組曲でも、二大ピアノの魅力は存分に伝わる。ぴったりと息の合った「序奏」、両氏の音が切れ目なく紡ぎ出される「ワルツ」、互いの思いがアルペジオの掛け合いとなって語られるような「ロマンス」、そして「タランテラ」では、いくぶん抑えたテンポで重厚感あふれる見事な音のピラミッドが築き上げられていく。連弾と二台ピアノとはこうも違うものか、ということをあらためて認識した一日であった。(音楽ライター:北川順一)

モーツァルト室内管弦楽団 第190回定期演奏会〈創立50周年記念シリーズ〉第1回 フランス音楽特集

2019年10月05日(土) 14:00 いずみホール

フォーレ:組曲『マスクとベルガマスク』より 「序曲」
イベール:フルート協奏曲
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番ト短調op.22
ビゼー:交響曲ハ長調

【出演】Cond/門 良一 Orch/モーツァルト室内管弦楽団 Pf/山田富士子 Fl/山本ありさ

モーツァルト室内管弦楽団のもう一つの得意分野といえば、小編成の特徴を生かしたフランスものであろう。この楽団の最大の美点と言えるバランスの良さが発揮された音空間は繊細かつ上品であり、いかにもフランスの佳品にふさわしい。最初にフォーレの「序曲」。この日も弦と管のバランスは絶妙であり、ひたすらしなやかで、心地よい一陣の秋風のように通り過ぎていく。続いてイベール。山本ありさ氏は大向こうを張るパワーこそ持たないものの、よく練られた美しい音色で聴衆を魅了する。技巧的なカデンツァをはじめ、連続するスタッカートやフラッターなども巧みにこなす。金色の輝きを放つ高音域と対照的に、独特のうなりを持つ中低音域の豊かな表情もいい。そしてサン=サーンスの山田富士子氏は、冒頭から一歩一歩しっかりと踏みしめるように、絶妙のテンポ・ルバートを用いて、きわめて説得力ある演奏を繰り広げる。軽妙なスケルツォ楽章、そして逆巻く怒濤のようなサルタレルロの終楽章でも、決して弾き急がず、どっしりとした安定感と重厚感を醸し出している。いかに演奏至難な箇所であっても少しも揺るがず慌てず、まさに女王の風格だ。最後にビゼーの交響曲。簡潔な管弦楽法を反映して、伴奏部の土台の上にメロディーラインを明快に浮かび上がらせる様子はまことに粋である。ソロもトゥッティも大変美しく、まるで淡くくっきりした色調の水彩画のようだ。テンポも実に適切で、細部に至るまでメリハリが聴いていて、実に楽しい演奏である。(音楽ライター:北川順一)

木下千代ピアノリサイタル

2019年09月27日(金) 19:00 いずみホール

ハイドン:ピアノソナタ第49番変ホ長調Hob. XVI:49
ベートーヴェン:ピアノソナタ第21番ハ長調op.53『ヴァルトシュタイン』
シューマン:『クライスレリアーナ』op.16
(アンコール)
シューマン:『子供のためのアルバム』op.68より 第32曲「シェーラザード」
ブラームス:間奏曲変ホ長調op.117-1

独墺系レパートリーの王道というべきプログラムでリサイタルに臨んだ演奏の根幹には、テンポ取りから強弱の変化に至るまで綿密に計算されつくした、きわめて知的な洞察がある。その上、歌心に満ちた即興的なひらめきがあらゆる瞬間に発揮されるので、聴く者の心はしだいに静かな深い感動へといざなわれていく。まずはハイドン。古典派らしい装飾音や非和声音を実に自然に際立たせ、そこに込められた喜びや悲しみなどの情念を一つずつ丹念に解き明かすように演奏し、まさに「古典派の愉悦」というべき境地を切り拓いていく。ソナタアルバム所収の一曲としてピアノ学習者にはおなじみのこの曲を、単なる「練習曲」ではなく、完成された「芸術作品」へと昇華させている。ベートーヴェンでも、はやる心を抑えるかのように落ち着いたテンポをとり、個々の音を美しく明快に響かせる。跳躍力と推進力に富む第一楽章、短く内容豊かな序奏に続く終楽章の屈託のない大らかな歌の、何と素晴らしいことか。まさに静かなる熱狂、『ヴァルトシュタイン』はこうでなければ、というべき見事な演奏だ。そしてシューマンの大曲では、フレーズの頂点を目指して一気に畳みかけるようなアレグロ楽章と、静かで内省的な緩徐楽章とを実に巧みに対比させる。そして、興に任せて鍵盤に指を走らせながら楽想を練った作曲者の喜びをわが喜びとして、この曲の持つ即興性を十二分に引き出すことに成功している。(音楽ライター:北川順一)

Spring Concert 2019 春薫~色とりどりの音色に包まれて

2019年04月10日(火) 19:00 兵庫県立芸術文化センター・神戸女学院小ホール

○小松加奈(マリンバ)ヘンデル「ラルゴ」、ジブコビッチ 『イリヤーシュ』
○渡邊光太郎(バリトン)、中根祥子(ピアノ)別宮貞雄 『さくら横ちょう』、木下牧子 「三好達治の氏による二つのうた」より『物語』『乳母車』
○新暁子(クラリネット)、金澤佳代子(ピアノ)シューマン「 幻想小曲集」op.73
○エンキ(中国琵琶)エンキ 『故郷の春節』『琵琶のワルツ』、中国古曲『陽春白雪』
○城居裕貴・丹羽真奈美(ピアノ連弾)ドビュッシー 『小組曲』
○鰺坂知佳・川本麻弥(二台ピアノ)ラフマニノフ「前奏曲」より 『鐘』op.3-2、ローゼンブラット『アリス・イン・ワンダーランド』
○金澤佳代子・猪瀬千裕(二台ピアノ)サン=サーンス「動物の謝肉祭」より『白鳥』、ローゼンブラット『カルメンの主題によるファンタジー』
 
今年も関西の楽壇に春を告げるスプリング・コンサートの季節がやってきた。まずは小松加奈氏のマリンバ。ヘンデルでの柔らかなトレモロ奏法による和声は、呪術的でこの世ならぬ禁断の美しさを演出する。一転してジブコビッチでは硬質で鋭いリズムが炸裂する。その激しい跳躍の衝撃は、破壊的でさえある。続いて渡辺光太郎、中根祥子両氏の日本歌曲。『さくら横丁』では、バリトンにしては高い声が桜のはかなさを表しているようだ。そして木下牧子の二曲では、セピア色の記憶の風景ともいうべきこの作曲家独特の世界が、ありありと眼前に繰り広げられる。新暁子、金澤佳代子両氏のデュエットによるシューマンは、まるで陰鬱な冬から春の歓喜への移行を表現したかのような、まさに春らしい曲といえよう。ドイツ管らしい柔らかいアタックと美しいレガートが新氏の持ち味だ。中国琵琶の名手エンキ氏は、金属弦の繊細かつ鋭い響きで凛とした厳しさを演出する。この日のために書き下ろした二つの新曲、『故郷の春節』『琵琶のワルツ』は、豊かな旋律性の中に即興の妙を覗かせる。そして超絶技巧に彩られた古曲『陽春白雪』では、濁世を超越して奏楽に興じる仙女のような、冒しがたい気品と風格が感じられる。城居裕貴、丹羽真奈美両氏は肩を並べて、随所に親密な雰囲気を漂わせて『小組曲』を弾く。「バレエ」の生き生きとしたリズムがとても印象的だ。
ピアノ二台というのは、連弾とは違って向かい合う二人の奏者が互いに腕を競い合う趣があるが、今夜の二組は違っており、気心の知れた友人同士や師弟が呼吸を揃えて合奏を楽しむ室内楽的な雰囲気に満ちていた。鰺坂知佳氏、川本麻弥氏の組も金澤佳代子氏、猪瀬千裕氏の組も、ともに二曲目にローゼンブラットを演奏したが、いかにもパロディーらしい軽妙洒脱な味わいを余すところなく客席に届けていた。(音楽ライター:北川順一)

モーツァルト室内管弦楽団特別演奏会 頑張れ! モーツァルト室内管弦楽団

2018年10月30日(火) 19:00 いずみホール

モーツァルト:歌劇『ドン・ジョヴァンニ』K527より「みてらっしゃい、かわいい人」(独唱: 永田 桂)、「むごい女ですって」(独唱: 森本まどか)、「何と言うふしだらな」(独唱: 野村 ゆみ)
歌劇『皇帝ティトの慈悲』K621より「私は行く、でも愛しい人よ」(独唱: 山寺由利子)
歌劇『コジ・ファン・トゥッテ』K588より「女も15歳になったら」(独唱: 永田 桂)、「岩のように動かず」(独唱: 櫻井孝子)
ヴァイオリン協奏曲第3番ト長調K216(独奏: 八幡 順)
ピアノ協奏曲第26番ニ長調K537(独奏: 添田 ゆみ)
【出演】Cond/門良一 Orch/モーツァルト室内管弦楽団
Sop/櫻井孝子、永田桂、野村ゆみ、森本まどか M-Sop/山寺由利子 Vn/八幡順 Pf/添田ゆみ

 創立五十周年を目前にしたモーツァルト室内管弦楽団の特別公演である。前半はモーツァルトのオペラからアリアの数々をいずれ劣らぬ五人の歌手が披露する。柔らかくかわいらしい声質の永田桂氏、明るいリリックな声が身上の森本まどか氏、張りのある低声が高声をもドラマティックに演出する野村ゆみ氏、迫力ある声量たっぷりのメゾソプラノ山寺由利子氏、そしてこれまたよく響く低声で決然とした歌唱を行う櫻井孝子氏。五人がそれぞれの持ち味を遺憾なく発揮して、この華麗なガラ・コンサートを美しく彩る。
 後半はひときわ華やかな協奏曲が二つ並ぶ。八幡順氏のヴァイオリンはくすんだ柔らかい音色を持ち、そのしっとりとした湿潤感が得も言われぬ情緒を醸し出す。美音へのこだわりは並々ならず、開放弦やアグレッシヴな重音とて決して柔和な響きを失いはしない。とりわけ第二楽章のむせび泣くような情感が言いようもなく美しい。
 そして『戴冠式』の添田ゆみ氏は、明快で軽やかなタッチといい、厳しくも生き生きとした付点のリズムといい、まさしくこれぞモーツァルトというべき演奏だ。力強く小気味よいテンポで進む第一楽章に続いて、第二楽章はセレナーデ(小夜曲)の趣きを漂わせる。やわらかな弦の褥の上でまどろむようなピアノ・ソロが実に美しい。そして終楽章では、バランス良く明るい管の響きに乗せて、添田氏のピアノもますます溌剌と冴えわたる。
 彼女たち素晴らしい共演者を得て、モーツァルト室内管弦楽団のメンバーも勇気百倍、新たな活動の希望や構想も湧いてきたことだろう。今日この日を新たな契機として、さらに良質のモーツァルトをファンに届けるため、五十年、いや百年と元気で活躍し続けるよう願ってやまない。(音楽ライター:北川順一)

土井 緑ピアノリサイタル

2018年10月24日(水) 19:00 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール

ラヴェル: ハイドンの名によるメヌエット
尾高尚忠: ソナチネ
大澤壽人: ソナチネ
ドビュッシー: 喜びの島
ラヴェル: クープランの墓
(アンコール)
大澤壽人: 富士山
ショパン: 幻想即興曲嬰ハ短調op.66、練習曲第13番変イ長調op.25-1『エオリアン・ハープ』

 フランスものを得意とする土井緑氏は、強弱の細やかなニュアンスを巧みに用いて粒の揃った個々の音を美しく彩る演奏家だ。不協和音でさえ、新たな音色を創り出すための手段となる。そのことは「ハイドンの名によるメヌエット」ですでに明らかだ。
 戦前の西洋で学んだ二人の日本人。尾高尚忠のソナチネは、まるでラヴェルの曲の続編のように聴こえるが、随所に日本的要素がみられる。大澤壽人の作品からは、西洋の多くの先人の音楽が聴こえてくる一方、冒頭の危機をはらんだ振幅の大きな音型が印象的だ。二人とも、西洋に深く学びながらも日本人である宿命から逃れられぬことを自覚していたのであろう。いずれをも土井氏は繊細で明快なタッチを用いて、東西の狭間に生きた作曲者の苦悩を表現する。 
 「喜びの島」は抑えがたき歓喜の発露として劇的に演奏されることが多いが、土井氏は敢えてそれを抑え、つとめて静かに、抒情的に演奏する。繊細な冒頭のトリルと、生き生きとした鋭いリズムとの対称の妙が光る。
 そして難曲『クープランの墓』を、土井氏は気負いもなくさらりと弾いてのける。「前奏曲」は軽やかなタッチの向こうに切ない情感が浮かび上がる。「フォルラーヌ」や「リゴードン」では、決然とした演奏が絶妙のリズム感を際立たせる。「メヌエット」は、在りし日を偲ぶかのような透明な和声感が美しい。最後の「トッカータ」では、尾高の第三楽章と似た音型を、タッチを微妙に変えて演奏している。ここでも西洋と日本をあえて対比させてみた演奏者の意図がわかるようだ。(音楽ライター:北川順一)

「関西音楽人クラブ」NPO法人化記念チャリティコンサート2018 ~オール関西クラシック がんばろう日本!~

2018年10月14日(日) 15:00 あいおいニッセイ同和損保 ザ・フェニックスホール

ドビュッシー没後100年記念プログラム
小組曲(Pf連弾/田村映子・前田峰子)
ベルガマスク組曲(Pf/岡田沙耶)
夢、ノクテュルヌ、喜びの島(Pf/今岡淑子)
フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ(Fl/吉岡美恵子・Va/杉山雄一・Hp/福井麻衣)
クラリネットのための第一狂詩曲(Cl/篠原猛浩・Pf/加藤理彩子)
ヴァイオリンソナタ(Vn/佐野智子・Pf/今岡淑子)
 
 今般晴れてNPO法人となった関西音楽人クラブ初の演奏会である。当クラブは長らく親睦団体として活動してきたが、東日本大震災を機に「音楽を通しての社会貢献」を目標としてNPO法人化を目指してきた。その趣旨に、関西の気鋭の芸術家たちが多く賛同し、記念すべき第一回演奏会の運びとなったのである。折しもドビュッシー没後100年。この機に代表作をほぼ年代順に採り上げるという趣向は、我が国の音楽界にとってもきわめて意義深いものといえよう。
 前半はピアノ曲が並ぶ。切ない情緒が心に響く連弾の「小組曲」、多彩で立体的な音世界が構築される「ベルガマスク組曲」、そして「夢」「夜想曲」を経て、溢れんばかりの歓喜の表情に満ちた「喜びの島」で、場内はいやがうえにも盛り上がる。
 後半は晩年の室内楽曲が続く。この世ならぬ雰囲気がどこまでも妖艶でいとおしい「フルート、ヴィオラ、ハープのためのソナタ」、夢幻で耽美な世界をこの上なく流麗に彩る「第一狂詩曲」、最後は死を目前にした諦観の境地が悲しくも美しい「ヴァイオリンソナタ」。いずれも出演者渾身の演奏により、客席は深いため息とともに喝采に沸きかえる。
 こうして関西音楽人クラブは、NPO法人として名実ともに幸先良いスタートを切ることができた。願わくば、さらに多くの音楽人諸氏の参加を得て、ますます充実した音楽活動、そして一層広範できめ細やかな社会貢献活動が続けられるよう、祈ってやまない。(音楽ライター:北川順一)

山本ありさフルートリサイタル

2018年09月23日(日) 14:00 ムラマツリサイタルホール新大阪

モーツァルト:フルートソナタハ長調K.14
ゴダール:三つの小品op.116
福島和夫:冥
バッハ:フルートソナタイ長調BWV1032
プロコフィエフ:フルートソナタニ長調op.94
【出演】フルート:山本ありさ ピアノ:入谷幸子

 30年近い歴史を持つシリンクス・フルートアンサンブルのメンバー山本ありさ氏が、ソリストとして二度目のリサイタルを開催した。バロックから現代まで満遍なく並んだ曲目には、フルート奏者としての高い見識と旺盛な研究心が伺える。また、曲に応じてピアノの蓋の開き幅を変えるなどの細やかな配慮も実に適切であり、見事に効果を上げた。とりわけ全開だったプロコフィエフは、鋭いタッチのピアノにも負けないくらい力強い演奏だった。
 山本氏は美しく朗々とした、よく伸びる高音域を持つ。だが残念なことに、中低音域までその輝きが届いていない。おそらく今はまだ、自身の音色を追求している最中なのであろう、随所に音色の統一への志向と、未だそれを果たせぬもどかしさも伺える。ピアノが全閉であったバッハでは、それにもかかわらずピアノの陰に隠れてしまうほど低音域が響いていなかったのが惜しい。
 とはいえ、オーバーアクションや饒舌を一切排したひたむきなステージは、聴く者の心に深く響いたことだろう。とりわけ印象深かったのは福島和夫の『冥』だ。西洋の美学には異質な風音などを意欲的に用い、深山幽谷に籠る修験者の趣さえ漂わせて、神秘的な東洋の音世界の構築を試みていた。今後は一層音色の安定を図り、さらに洗練された奏法を自身のものとすることで、ますますよい演奏を聴かせてくれることを心から期待したい。(音楽ライター:北川順一)

池田洋子ピアノリサイタル

2018年09月13日(木) 19:00 秋篠音楽堂

モーツァルト:ピアノソナタ第11番イ長調K.331(300i)
ドビュッシー:前奏曲集第1巻より 「デルフィの舞姫」「 夕べの大気に漂う音と香り」「アナカプリの丘」「亜麻色の髪の乙女」「ミンストレル」
ラヴェル:ソナチネ
ショパン:バラード第3番変イ長調op.47、三つのマズルカop.50、バラード第4番ヘ短調op.52
アンコール 
ショパン:夜想曲第2番変ホ長調op.9-2、ワルツ第2番変イ長調op.34-1「華麗なる円舞曲」

 今年演奏家生活58年を迎えるという池田洋子氏のリサイタルが、初秋の風薫る古都奈良で開かれた。
 この日の池田氏は速めのテンポをとり、明快なタッチで一つ一つの音をはっきり響かせる。そして速いパッセージになればなるほど、個々の音にはっきりとした意志の力が感じられる。各フレーズの終わり方もきわめて自然で美しい。
 圧巻だったのは何といってもドビュッシーだ。「デルフィの舞姫」では、和声の中に隠された旋律線がくっきりと浮かび上がる。まるで大理石の彫像が、生命を与えられてゆったり静かに舞っているかのようだ。「夕べの大気に漂う音と香り」では、美しい音色と絶妙なテンポ・ルバートが、そよ風のようにさわやかで心地よい。そして生気に満ちた「アナカプリの丘」では、軽やかなタッチが細部に至るまで見事な音の造形美を作り上げている。最後の「ミンストレル」では不規則なリズムにおどけた表情が加わり、とても楽しい。
 ショパンには、これまで池田氏が演奏家として重ねてきた長い歳月の重みが感じられるようだった。巧まざる自然な緩急や強弱によって、奇を衒わずとも一篇の物語が紡ぎ出されていく。とりわけ、まるでもう一つの「舟歌」のようにゆったりと流れて揺れゆくバラードの第3番が印象的だった。(音楽ライター:北川順一)

阪本公美 ピアノリサイタル

2018年04月21日(土) 15:00 兵庫県立芸術文化センター・神戸女学院小ホール

バッハ:フランス組曲第5番ト長調BWV816、半音階的幻想曲とフーガニ短調BWV903
ベートーヴェン:ピアノソナタ第8番ハ短調op.13「悲愴」
ショパン:即興曲第1番変イ長調op.29、バラード第4番ヘ短調op.52、4つのマズルカop.17
リスト:ポロネーズ第2番ホ長調、愛の夢第3番変イ長調

気品が漂う阪本公美の演奏で、200年以上前の楽譜から、偉大な作曲家4名の人柄を生き生きと浮かび上がらせるリサイタルだった。
 J・S・バッハ「フランス組曲第5番ト長調」では、明るい抽象絵画を眺めているような気持ちになった。無数の音符が並ぶバッハのオルガン曲を想起させる音の煌めきは、恋慕の高まりだろうか。「もう二度と愛する人を失いたくない」という哀愁を含ませながら、2人目の妻との幸せを噛みしめる作曲家の穏やかな日常が伝わってくる。
 ベートーヴェン「ピアノソナタ第8番『悲愴』」では、ドラマチックな激しさが現れる。耳が聞こえづらくなったとされる時期に作曲され、第1楽章では壁を打ち砕こうとする心の叫び、嘆き、慟哭、そしてわずかな希望の響きとのコントラストが観客の心を打つ。長い和音を響かせる度に、阪本公美は、作曲家の苦悩に心を寄せているようだった。第2楽章は「ベートーヴェンがどのようにして、この境地にたどり着いたのだろう」と考えると涙が込み上げてくるほど美しい。音色には尊敬の念と母性愛が含まれていた。第3楽章は運命を受け入れる『覚悟』を、絹を扱うように繊細なタッチで紡ぎ出した。
 ショパン「バラード第4番ヘ短調」は、美しすぎる天上の楽園そのもの。ピアニストの姿は、まるで鍵盤の下に作曲家の魂が宿る水面があり、波紋をとらえながら弾いているようだった。「4つのマズルカ」は熟成された演奏で、響きには〝愛〟が込められて温かく包みこまれるよう。
 ショパンの死を悼んで書かれたリスト「ポロネーズ第2番ホ長調」は、喪失の寂しさと国境を超えた二人の繋がりが、超絶技巧を駆使した魔術的な旋律にのって、ありありと伝わり胸を揺さぶる。人間離れした美しさを描くショパンとは異なり、リストの曲には人間愛が溢れる。「愛の夢第3番変イ長調」は熱情的というよりも、花、風、雨さえも愛しく、生命への感謝を楽譜に綴っているように思えた。
 作曲家の意外な一面を感じたり、改めて圧倒されたり、一曲一曲を通して4名の素顔に迫るような演奏会だった。(金子真由)

モーツァルト室内管弦楽団第180回定期演奏会 《魔笛》アンコール公演

2018年01月14日(日) 15:00 いずみホール

モーツァルト:歌劇「魔笛」K.620全曲-アンコール公演-

【出演】Cond/門 良一 Orch/モーツァルト室内管弦楽団
Sop/四方典子、鬼 一薫、西田真由子、津山和代、櫻井孝子、朴 華蓮、山田千尋 
M-Sop/山田愛子、麻生真弓  Ten/諏訪部匡司、橋本恵史、西垣俊朗、近藤達夫 
Bar/西尾岳史、西垣俊紘、萩原寛明 Bas/松下雅人 Chor/モーツァルト記念合唱団 (合唱指揮:益子 務)

指揮者の門良一が、大きく両手を広げ、モーツァルト「魔笛」の物語が始まる。
 いずみホールの舞台上に、モーツァルト室内管弦楽団が並び、オペラ歌手たちがそれを囲むようにドラマを繰り広げる。原語で歌われ、台詞は日本語というスタイル。アリアや重唱ごとに、登場人物が現れては退場し、まるで絵本のページをめくっているよう。
 若手のオペラ歌手が多く、それぞれが愛すべきキャラクターを生き生きと演じていた。タミーノ(諏訪部匡司)は、真っ直ぐに恋人への誠実さを貫こうとする男らしさを表現し、笛を鳴らしながら客席から登場したパパゲーノ(西尾岳史)は、関西弁を織り交ぜながら見事に3枚目を演じて客席を沸かせた。夜の女王(四方典子)は、思わず鳥肌が立つような「地獄の復讐が私の心に煮え立っている」を気高く歌い上げ、煮えたぎる復讐心を漂わす。復讐相手であるザラストロ(松下雅人)は、父性愛のような優しさで、夜の女王の娘・パミーナを守ろうとする。そんな関係が、明確に伝わってきた。パミーナ(鬼一薫)は、ホールの天井を突き抜けるような歌唱力で魅了し、「私のいない寂しさから」と傲慢になった母親をかばう。夜の女王の〝心の寂しさ〟に触れ、胸がしめつけられた。
 強烈なインパクトがあったのは、モノスタトス(橋本恵史)だろう。全身黒塗り、黄色のアフロヘアで、紐縄を回しながらギラッとした表情で登場。魔法の笛が鳴ると、「ラララーラ」とにこやかに退き、「誰だって恋の喜びは感じるさ」のシーンでは「つらい人生や」と落語の語りでモノスタトスのやるせなさを醸し出す。人の愚かさや滑稽さを愛おしく包んだ「芸」が落語だとしたら、オペラと通じるところがあると感じた。
 こんなに関西に密着したオペラ「魔笛」は、ここでしか観ることはできないだろう。「魔笛」には、現代に通じるメッセージがたくさん含まれており、本公演を観て、初めて励まされた。それは、背伸びせず型にはまらない、遊び心あふれる演出のおかげだろう。モーツァルトの音楽がそのまま関西の地に馴染んだような上質なオペラだった。(金子真由)

Christmas Concert 2017 ~多彩な楽器の数々で綴る名曲の調べ~

2017年12月13日(水)19:00 兵庫県立芸術文化センター・神戸女学院小ホール

マキシモ・プホール:「グリセスとソレス」
モーツァルト:キラキラ星変奏曲
ナーデルマン&テュルー:ノクターン
ショパン:別れの曲
リスト:おお、私が眠りにつく時には
オッフェンバック:歌劇「ホフマン物語」より舟歌
パガニーニ:カンタービレop.19/サラサーテ:ツィゴイネルワイゼンop.20
中国古曲:薔薇
ピアソラ:リベルタンゴ
ビゼー:「アルルの女」第2組曲より 前奏曲、メヌエット、ファランドール 他

【出演】ギター/増井一友、山中美智、山中由美子、佐久間優 Fl/太田里子 Hp/摩寿意英子 Sop/太田郁子 Alt/亀田増美 Vn/泉里沙 中国琵琶/エンキ Pf/藤渓優子、中村美生子、奥村智美

 多彩な楽器で、7組がそれぞれの音楽を奏でる。7箱のクリスマスプレゼントを開くようなワクワクした気持ちで聴いた。
 ギター四重奏(増井一友・山中美智・山中由美子・佐久間優)は、ブエノスアイレス生まれの現代作曲家マキシモ・プホール「グリセスとソレス」を演奏。ピアソラに通じる甘美で儚い音色が、ギター4本のハーモニーで作られて味わい深い。
 優美さで魅せたのは、フルート&ハープ(太田里子・摩寿意英子)によるモーツアルト「キラキラ星変奏曲」、ナーデルマン&テュルー「ノクターン」。山びこが響くように伸びやかなフルートが流れると、ハープの優しげな音色が弾ける。フルートは消えゆくかすかな音にまで気持ちが込められ、ハープは水面に広がる波動のようにきらきら輝いて美しかった。
 珍しい組み合わせは、声楽&ハープ(S:太田郁子/A:亀田増美/Hrp:摩寿意英子)だろう。どこまでも続くような豊かな歌唱に包まれ、ハープはそのはじく音により、心の揺れ動きを表すよう。
 ヴァイオリン&ピアノ(泉里沙/藤渓優子)は、3曲披露した中で、特にサラサーテ「ツィゴイネルワイゼン」が素晴らしかった。情熱、愛しさといった激しい心の震えが、ヴァイオリンから伝わり、絹のように滑らかなピアノが受け止める。目には見えない糸で結ばれているような演奏だった。
 会場にどよめきが走ったのは、中国琵琶&ピアノ(エンキ・藤渓優子)。リズムに合わせて顔をゆらしながら、10本の指で自由自在に琵琶を操る。コロラトゥーラの様に速い音を転がし、ロック、タンゴ、民族音楽など様々な表情を見せた。圧巻だったのは「剣の舞」で、琵琶とピアノによる目にもとまらぬ速い演奏が、剣の鋭さと重なる。
 ラストは、ピアノ連弾(中村美生子・奥村智美)によるビゼー「『アルルの女』第2組曲より」。瑞々しく、4手ならではの力強い演奏が、会場をマジックの世界に誘う。
 コンサート後のロビーには、心に響くクリスマスプレゼントを胸いっぱいに受け取ったお客さんたちで賑わっていた。(金子真由)

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